聖霊降臨節第11(三位一体後第10)主日、
讃美歌22,290,387、交読文32(詩139篇)
聖書日課 申命10:12〜11:1、ヘブライ12:3〜13、マルコ9:42〜50、詩編94:8〜15、
だいぶ前の事ですが、熊本へ行きました。真夏のことでした。街中、熊本城、花岡山。
どこへ行ってもセミがないていました。大きな音です。鳴き方も関東とは違います。
それがクマゼミでした。南の方のセミ、と聞きました。8年前の夏、大阪のセミがクマゼミであることを知りました。関東では油蝉、蜩(ヒグラシ)がよく知られています。この夏、セミが鳴き始めた日、庭で油蝉の羽を一枚だけ見つけました。24日の夕方、門の内側で油蝉のリサイタルがありました。鈍重なのでしょうか。鳥に狙われるそうです。クマゼミは敏捷で、逃げ足が早い、と聞きます。適者生存の原則で、次第に東上、北上するようになり、あのヒグラシの声も聞こえなくなってしまうのでしょうか。アブラゼミは28日、祈祷会後、玄関で見付けました。クマゼミより少し小さく見えました。
僅かなことが、種の存続にかかわるのです。今日本の政治家は、その行動、言葉が何をもたらすか、よく考えてもらいたい、と願います。多くの者たちの野心は、自己一身の栄達、賞賛、でしかないかに見えます。自分に与えられている力を、如何に国民の福祉のために費やすか、これこそ政治に携わるものの心得でしょう。
さて本日は、ヘブライ人への手紙12:3〜13により、《主に従う道》と題して説教いたします。この手紙は、かつてはパウロが書いたものとされていました。今では、それを支持する人は殆んどありません。
スタディ版は、文体が全くパウロとは違う、書かれた時代もパウロの次の時代であろう、とします。それに手紙の形をとっていますが、まるで論文のように主題と筋道を明らかに構成しています。内容としては、大祭司キリスト論を中心に、神の計画を明らかにします。そして再臨に備えて、信仰の競争を終わりまで走り抜きなさい、と語り、勧めます。
多くの学者は、この手紙の著者は不明であるとします。木下順治牧師は、生前、一生懸命に一つの考えを主張されていました。直接教えていただきましたので、面白いと感じました。ご紹介させてください。
筑摩書房刊『パウロー回心の伝道者』218ページ以下に詳しく記されています。
先ずこの書の構造を分析します。これは多くの学説と同じです。
三つの信仰解説(神学論議)、それぞれに訓戒がつき、一つとなる、とします。
次のような構成になります。
1:1〜6:12(訓戒は5:11〜6:12)、主題は《尊い救い》2:3、
6:13〜10:36(訓戒は10:19〜36)、《優れた望み》7:19、
10:37〜12:29(訓戒は12章)《信仰の導き手イエス》12:2、
この三つは、それぞれが立派な説教、勧めの言葉、と考えられます。
最後の13章は、身近な友人への勧めの言葉(13:1〜17)と、手紙としての言葉が続く(13:18〜25)。
次にこの手紙は誰によって、誰に向けて書かれたか、という問題を、丁寧に解きほぐします。信仰の第二世代に属する人たち、その輝かしい信仰が、その光輝を失っている状態。
『初めは、彼らは熱心にその信仰に生きて実に素晴らしい信仰者の歩みをし、種々の迫害にも良く耐え、信仰の指導者として立つまでになっていた。しかしある事情で彼らの信仰が次第に弱まり、熱心さがなくなり、集会も怠りがちな状態にさえなっている。だから今信仰を立て直して立ち上がりなさいと励ましている。』
こうした状況に合致する人達は、紀元49年クラウデゥス帝が勅令によって、ローマのユダヤ人たちを追放処分にした(使徒18:2)ときに、大量発生しています。ヨーロッパの東のはずれまで旅をした人たちがいます。その中には、この都で、ユダヤ教徒たちと争ったキリストを信じる者たちがいました。彼らがこの手紙の受取人。
この人たちの友人、信仰の仲間といえる人の中に、アクラとプルスキラの夫婦がいます。
ユダヤ人男性とローマの上流階級の女性とのカップルのようです。彼らは、追放された者たちに混じって出て行きました。そして、行く先々で、キリストに従おうとする者たちを励まし続けました。224ページには、木下先生の情熱的な文章で、聖書の言葉を引用しつつ、プリスキラの心情を、描き出しています。
『先ず、ローマを追放されて立ち去った時の心境をのぞかせているように思わせる句がいくつかある。「前に置かれている望みを捉えようとして世を逃れてきた私たち・・・」ヘブライ6:18。この句には、彼女が信仰の故に夫アクラと共にローマを立ち去った心境がうかがえないであろうか』。そして、11:8〜9、11:13、11:15〜16、11:26、12:1〜2などを指摘、引用しています。さらに、神殿にある「幕屋」に対する異常なまでの関心(9:2〜5)、こうしたことは彼らが皮を扱う人であり、天幕造りを専業としていることを思わせるものがある。
彼女の高い教養と、女性らしい心遣いが見られることは、言うまでもありません。
そして最後13章にもプリスキラの痕跡を見出しています。彼女はエフェソでパウロと別れます。パウロにローマ行きを勧めます。そのパウロが捕らえられ、ローマへ護送されると聞いたときには、プリキラは一層望郷の念に駆られたことでしょう。
「私があなたがたのところに早く帰れるため、祈ってくれるように、特にお願いする。」
13:19
木下先生の説に対して、日本の学会では「推理ばかりで証拠がない」と批判されています。
然し、筑摩書房などは、先生の説を面白い、と感じ、出版する値打ちあり、と見てくれました。先生ご自身は、次のように書いておられます。284ページ
「多くの学者の『パウロ』に関する著書は、殆んどがその神学思想を解明することに主力が注がれている。然し本書は、パウロという人物の動き、その人間としての苦闘を中心においてとらえんとした。そのため、時には通例の説に反して、大胆な推定を下したところも少なくない。然しそれは、考古学者が発掘された一片の肢骨を見て、その人物の全身長や、その相貌をさえ推定するのに似ている。それは単なる架空の想像ではない。聖書の言葉の端々を手がかりにし、聖書の背後に実際に生きて働いている人間の動きを捉えんとしたのである。」
プリスキラがアクラの助けを借りてこの手紙を書いた、という説は、私の心を熱くさせる何かがあります。
《主に従う道》という題のもとで、ヘブライ書の著者、受取人のことをお話してきました。実は、これは脇道ではなく、本筋の道なのです。ヘブライ12:3〜13は、先程の三つの説教の中では三つ目、『信仰の導き手イエス』に属し、実際には、説教に続く訓戒の部分になります。
《主に従う道》を話そうとするなら、自らが、主に従う者でなければ語れないでしょう。また、《主に従う道》が語られたなら、その話し手の歩む道が、その道である、と聴き手は感じ、考えるでしょう。間違っていたら、それこそお笑いです。
だからでしょうか、ヤコブ3:1には、「あなたがたのうち多くの者は教師にならないほうが良い」と書かれています。言行一致と確信の責任があるからです。同時に謙遜であることが求められます。誰がこのような務めに耐えることが出来るでしょうか。
プリスキラは、当時猥雑を極めるローマ上流階級の人たちとの交わりよりも、清潔なユダヤ人アクラと親しくなることを喜び、ついに結婚しました。ユダヤ教徒になるのですが、その一派と見られていた「クレストスなる者を信じる」仲間になりました。
ローマ人の階級とその生活ぶり、ユダヤ人の民族と宗教に背を向けても、キリストに従いました。
ローマ皇帝の勅令は、次々と喧嘩・論争・大騒ぎを生み出しているユダヤ人に対するものでした。プリスキラはローマ人です。それでも夫はユダヤ人です。一緒にギリシャ南端の港町コリントへ行き、そこでパウロと出会います。
主に従う者は、自分の思い通りにはならない事が多いのですが、思いがけないご褒美をいただくことがあります。プリスキラとアクラにとっては、パウロとの出会いでしょう。西から来た者たちが、東から来たパウロと出会うことになる。いったい誰が予期したでしょうか。誰が、予測できたでしょうか。彼らは、同じ天幕作りでもあり、仕事を共にしながら、キリスト・イエスのことを話したでしょう。これまでの断続的、断片的な話と違って、パウロは目撃証言を持っていました。主イエスの甦りも、体験したこととして話すことが出来ました。本当に素晴らしい時であったに違いありません。
1年6ヶ月の後、パウロはプリスキラとアクラを伴い、船でシリアを目指す。途中、エフェソでプリスキラとアクラを降ろし、更に、船でシリアへ向かいました。
エフェソのプリスキラとアクラには、他の仕事が待っていた。アポロという名のユダヤ人が、エフェソの来ます。彼は主イエスを受け容れています。イエスについて正確に教えることも出来ます。然し、ヨハネの洗礼、悔い改めの洗礼しか知りません。聖霊のバプテスマは、知りませんでした。すなわち罪の赦しと新しい命を与える福音の洗礼です。
このアポロに、キリストの福音を正確に教えることが、二人の務めでした。これまた思いがけない神のご計画です。
主に従う道には、思い通りにならず、口惜しいことがたくさんあります。然し同時に、思いがけない恵に満ち溢れています。主は、愛するものを訓練し、鍛錬しつつ、弟子としてお用いになります。
ヘブライ書の筆者は、最後に書きます。13:23
「私たちの兄弟テモテが(暫く官憲に捕らわれていたが、今)許された・・・もし彼が早く来れば、彼と一緒に私は(ローマヘ行って)あなたがたに会えるだろう。」
テモテを伴い、ローマヘ帰ろう、というプリスキラの熱い思いが感じられます。
思い通りになったか否か、分かりません。それでも神は御守りくださった。豊かに恵みを与えてくださった、と私は信じます。初代の信徒たち、伝道者たちは、与えられた力を神の栄えのため、教会のために用いました。それは今日でも「主と教会に仕える」という伝統となっています。信仰者・伝道者の自己実現です。
主に従う者には、主なる神が共に居て御守りくださいます。 感謝しましょう。