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2009年5月10日

《父への道》

説教者:
牧師 持田行人
聖書:
ヨハネ14:1〜11

復活節第5主日(復活後第四)・母の日、
讃美歌67,273b、297, 交読文35(箴言8章)
聖書日課 サムエル下1:17〜27、ヨハネ14:1〜11、?ヨハネ2:1〜11、詩編96:1〜9、

初夏の心地良さが広がっています。その中で殺人、自殺、病気、テロのニュースは途絶えることがありません。

 新型インフルエンザの感染は依然として広がっているようです。海外へ行っていない私たちは関係ない、と言いたいのですが、どうやらそうも行かないようです。こちらが行かなくても、あちらの方から近付いてくるようです。地球が狭くなる、グローバル化というのはこうしたことによって実感させられましょう。同じ一つのことを同時に経験するようになることです。

暫く前には、北海道にいながら同時に東京を経験することができる、ということが語られました。これは日本国内のグローバル化でした。良いことだけではなく、悪いこと、避けたいことも否応なしに、同時に体験せざるを得なくなります。

こうした世界の環境の中で、私たちが考えておかねばならないことがあります。
すでに役員会は研修会と定例会で話し合いました。その様子をお話しておきましょう。
それは、世界同時感染、大流行・パンデミックとなった時どうするか、ということです。集会禁止、または自粛せよ、と言われたとき教会はどの様にするのでしょうか。あるいはその時、何が出来るのでしょうか。あのサッカーが、国際試合を観客なしで行いました。

教会は世の中一般の論理とは違うものを持っています。物事の基準が違います。最大のものは礼拝厳守・礼拝第一です。

先の戦争の時にもありました。教会の礼拝第一を崩そうとする圧力がありました。
歴史的に観るなら、ヨーロッパでは幾たびも流行り病のために礼拝ができなくなるような状況になりました。コレラ、ペスト、インフルエンザなどです。その時代の教会は、それらに対しどの様に対処したのでしょうか。

社会一般の生活はめちゃめちゃになりました。礼拝を守りたくても守れません。然し其処には修道院がありました。壁を巡らし、門扉を閉ざし、世俗とは全く異なる別個の生活を営む所です。そこでは、世界に何が起ころうともキリストの父なる神を主と拝する礼拝が行なわれました。ですから、礼拝はいつでも守られ続けました。今、この世界は混乱しています。金融恐慌、不景気、感染症、自然災害、そうした中で私たちは、神に守られながら礼拝を続けます。世界の救いのために祈ります。

 社会人としての責任はあります。国民としては、勤労と納税、選挙があります。更に地域住民として、家庭人として、職業人としての責任があります。当然ながら感染を拡大させないように各人が気をつけます。

教会は、礼拝を守り続けます。修道院で守り続けたように、独りになっても守るでしょう。牧師が倒れたら守れなくなるかもしれません。そうならないように気をつけましょう。病原菌を持ち込まないようにしましょう。万一そのようなことになったら、近くに住む役員の力が発揮されるでしょう。期待しています。

  皆様の霊肉の健康が守られますよう祈ります。

ここまでは金曜日に書きました。土曜日のニュースでは、大阪の高校生がカナダで新型インフルに感染、帰国した、と報じられました。脅威が近付いてきたようにも感じられます。毒性は弱いので、たいした事にはならないと考えていますが、どうぞお気を付け下さい。このウィルスは突然変質するそうです。

さて本日の聖書日課は、ヨハネ福音書14:1〜11です。
ヨハネ福音書は、他の三つの福音書、共観福音書とはだいぶ様子が異なります。そのため第四福音書、または栄光の福音書などと呼ばれることがあります。
13章は、晩餐の席で主が弟子の足をお洗いなさった出来事が記されています。それに続いて、裏切りの予告、新しい掟、ペトロの離反の予告が語られ、14章の教えに繋がります。そしてこれが、17章の主イエスの祈りまで続きます。祈りが終わると出かけられ、キドロンの谷の向こうの園で、大祭司たちに捕らえられます。

従って13章から17章までは、イエスの遺言的な教えとなります。人の死に際の言葉は真実であり、偽ることがないとされています。ヨハネも主イエスのこれらの言葉を、そのようなものと考えたに違いありません。

語句の説明を少しだけ。

 フィリポはベトサイダの出身で、アンデレやシモンと知り合いだったと思われる。フィリポの名前は、新約聖書での十二使徒のリストに必ず現れる一人。(スタディバイブル)
ヨハネ福音書1:35以下に、最初の弟子の名前があります。そこではアンデレが始めで、次にシモン・ペトロ。その翌日がフィリポ、そしてナタナエルが、「私に従ってきなさい」とのイエスの言葉に応えて、弟子となっています。

「父の家 」エン テー オイキア トウー パトロス ムー
家、すまい、比喩的に肉体。ヨハネ14:2では持ち物、所有物、財産を指す。
「私は道、真理、命である」。 (ホドス、アレセイア、ゾーエー、)
エゴー エイミ ヘー ホドス カイ ヘー アレセイア カイ ヘー ゾーエー
ホドス 道、通路、旅路、旅行、
アレセイア 元来、隠されていない、現れているものという意味である。
真実、まことの、本当のこと、誠実
ゾーエー 命、生命力、肉的、地上的生命を指す。神の支配(神の国)における霊的生命。
すなわち生命の源であるキリストに繋がり神と共にあることによってこの生命は維持される。
あるいは生きている間、生涯。

主イエスがお教えになる時、その譬話にしても、奇跡にしても、周囲の人々の要求すること、必要なことに、よく沿っておられます。
空腹で居れば食べ物を与え、麦についてお話になる
種蒔く人が働く時期であればそれを譬に用いる
不安と落胆している人たちには、平安がありますように、と言って入ってこられる。

このところは、「心を騒がせるな」という言葉で始まります。不安と混乱があります。
章が変わっていますが、本来はひと続きのものです。その原因は、ペトロの離反を予告されたことでしょう。弟子たちの心は、主イエスの言葉によって揺れ動いています。不安に満ち溢れています。主は、心を鎮めなさい、と語られます。
然し不安のある時、平静になりなさい、と言われたからといって、心が静かになるはずはありません。その不安、混乱の原因を取り除かなければ鎮まりません。

ここに主イエスの洞察が働きます。何故弟子たちは不安になるのか、ペトロの離反を予告したからでしょう。離反とペトロ以外の弟子たちはどの様に関わるのか。ペトロが離れ去る時、他の弟子たちもその責任を問われ、イエスの支配する国で特別な地位を獲ることが出来なくなる。
これが弟子たちの不安でした。弟子たちは、イエスこそ、この地上において、またその後にあっても自分たちの命を保障するものと考えていました。期待していました。それはイエスに従う弟子に対する保障です。離反したら当然なくなります。

「私の父の家には住む所がたくさんある」。これも当時の人々の住宅難を背景にしておられるのでしょう。貧富の格差が大きく開いていました。豊かな人は大きな家を幾つも持っていました。貧しい階層では、一間切りの家に数人の家族が住みました。その上このカナンの地は、乳と蜜の流れる地と呼ばれますが、同時に東西南北の回廊地帯でした。貿易・交流によって人と物が往来する所、重要な所ですから軍事的経済的に支配しようとして遠征軍がやってきました。しばしば戦場にもなりました。
貧しいながらも家を用意できた、と思う間もなく踏みにじられてしまいます。これがこの地の人々の家に関する想いです。現代の我々にも共通しています。単なる家に留まらず、安心して暮らせること、平和の実現のしるしでした。それが家です。

住宅難は昔から変わらなく続いています。需給のアンバランスがあれば、そこにビジネスチャンスを見つける人が出てきます。ローマ時代には、すでに不動産業が活躍しています。ローマの都には高層マンションがありました。いつの時代でも人は棲む所を求めます。
そして人は最後の住まいも求めるものです。それが死後の住処・墓です。

大阪では、市内の近間に小規模な墓地、霊園がたくさんあるようです。阿倍野霊園は最近行く機会がありました。恐らく歴史的な起源があるのでしょう。天王寺も行きました。
東京には大きな墓苑が幾つかあります。青山墓地、雑司が谷墓地、多磨霊園、小平霊園。これらは大変有名であり、有名人の墓碑探しも面白いところです。
忌野清志郎さんの葬儀は、青山霊園の外れにある青山斎場でした。そこに至る4万人の行列は霊園内を往復して幾重にもなっているようでした。(テレビ画面による)

墓石には、何がし家の墓、誰々の墓と記されます。何とか教会の墓もあります。
「奥津城」と書いたものがあります。最後の、いやはての住まい、我が城、とでも言うのでしょうか。おくつき、上代の墓、神道式の墓。ひとりの人が息を引き取った後、行くところ、永遠に眠る所です。終の棲家は、人生最後、老後の住居を指すようです。

アメリカの音楽家フォスターの作品に『主人は冷たい土の中』という題のものがあったかと存じます。これも「奥津城」のひとつです。冷たい土の中ではとてもたまらん、という考えから、先頃『千の風になって』と題された歌が流行りました。アメリカ先住民族の間の詩だったのでしょうか。アニミズムのようでした。万物を神々とする日本人には好まれます。風となって漂うという感覚は、余り長続きしなかったのでしょうか。

主イエスは、私たちに教えられます。永遠の住まいを全ての人のため、十分に用意してあります。それは父の家であり、そこへの道は、すでに知るとおり、私自身です、と。

弟子たちも判りませんでした。私たちも。
弟子たちが知っているイエスとは何でしょうか。どのような方でしょう。神の子であり、ご自身を罪人の赦しのため、贖いとして十字架に引き渡される方でした。そして聖霊の神として、赦された罪人の歩みを支える方でもありました。

私たちが『道』という時、いわゆる道、道路を指す時と方法を指す時があるようです。特に後者の場合その方法、技法、技術によって示される高い到達点も意味するようです。それはアートという語によっても示されています。華道、茶道、剣道、柔道、弓道など。

イエスによって到達できる所が『父の家』なのです。イエスを生きるところが父の家。

これは慰めと平安そして望みあるところです。