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2010年7月4日

《パン種に注意せよ》

説教者:
牧師 持田行人
聖書:
ガラテヤの信徒への手紙5:2〜11

  聖霊降臨節第七(三位一体後第6)主日
  讃美歌3,322,239、交読文30(詩127・128篇)
  聖書日課 エレミヤ23:23〜32、ガラテヤ5:2〜11、マルコ8:14〜21、詩編52:3〜9、

 早いものです。2010年も半分が過ぎました。ひと月、一週間は、もっと早く過ぎて行きます。春頃は、寒暖の差が大きく、何を着るか困ることがありました。今は、迷うことなく暑さ対策が一番。蒸し暑さに対応できるよう、考えています。
 庭では、ぶどう棚が一番の見ものでしょうか。短く切ってもらった枝から新しい枝が、つるが伸びています。そして、マスカットの実が日ごとに大きくなってきました。この頃、近辺では、カラスが暗躍しています。美味しくなった時には、カラスが食べてしまうことでしょう。

 サッカーのワールドカップでは、決勝トーナメントが行われています。日本代表チームはベスト16に入りました。パラグアイチームとは引き分け、次のゲームに進むためのPK戦に敗れたことは残念でした。延長までがサッカーで、その後は運任せのくじのようなもの、だそうです。
 選手はよく戦いました。サポーターの熱狂振りは、こんなにサッカーファンがいたのか、と驚かせるほどのものでした。夜中のゲームにも拘らず、60%を超す視聴率にも驚かされました。カメルーン、オランダ、デンマーク、パラグアイ、すべて世界ランクで日本より上位のチームでした。

 今回の盛り上がりは、テレビ局主導のスポーツ興行振興に繋がることでしょう。興行の成功がそのスポーツの成長に繋がると良い、と感じます。心配するのは、大相撲のように黒い手に狙われ、餌食にされることです。これまでにも優秀な選手が暴力団のペットとなり、選手生命を全うすることが出来なかったケースがあります。いつの間にか、名前を聴くことがなくなり、消息に詳しい人に聞くと、台湾で見たという人があったよ、と。日本の暴力団幹部のボディガードになっているようです。
 私の小学校の同級生は、大学の野球選手を目指していました。賭け麻雀で借金を造ったようです。消息を聞かなくなりました。恐ろしいことです。

 高校野球の憲章が改正されました。スポーツとしての野球を通して人格を磨く方向が確認され、強調されています。
それ以上に重要なことは、目に見えないお方が存在する、私たち人間のすべての業を、その心まで見てくださる方がいることを弁えることです。畏敬の心です。

 本日の聖書は、ガラテヤの信徒への手紙5:2〜11です。
ガラテヤは、ローマ帝国のガラテヤ州(皇帝アウグストウスが前25年に名付けた)。地中海の東にキプロス島があります。これを北に、現在のトルコに上陸し、その内陸部に進むとそこがガラテヤです。紀元前200年以前にゴール人あるいはケルト族の子孫が、この地に住み着いた。
 パウロは、第二次伝道旅行(50〜53年、使徒15:36〜18:22)で、この地方を「通って行った」と記されています(使徒16:6)。

 新共同訳は『マケドニア人の幻』という小見出しを付けています。アジアに始まった教えをヨーロッパに伝えたい、というパウロの希望が叶えられるきっかけとなります。ローマ帝国の辺境に始まり、その中心部へ進み入る形。大変面白いところです。各自でお読みいただきたいものです。そして、コリントに1年半滞在しますが、この間にガラテヤ人への手紙、第1テサロニケ人への手紙を書いた、とされます(馬場嘉一)。

 ガラテヤ書の書かれた時期、場所は不明である、とする意見もあります。
この部分で「わたし」は、発信人パウロ。「あなたがた」は、ガラテヤ教会の人々。とりわけユダヤ人迫害者から割礼を受けるよう求められているので、異邦人キリスト者たち。

 また19:1、第三次伝道旅行の始まりで、「パウロは、内陸の地方を通ってエフェソに下って来て」とあります。これも小アジアの内陸部を指すものと考えられます。ガラテヤ地方を通過したものでしょう。もし第二次旅行中にこの手紙を書いたのなら、その成果を見るためにも、ガラテヤに寄り、指導しようとするはずです。ガラテヤ書は、もっと後に書かれたもののようです。

 パウロの評価は高かったように言われています。然し、ユダヤ人たちの迫害があり、キリストに従おうとする者たちを、ユダヤの律法のうちに引き戻そうとする勢力が働きかけています。
そうした中で、更に信仰を確実なものとするため、この手紙が書かれています。「教会は、いつも形成途上にある」とブルンナーは書きました(教会の誤解)。高い評価を与えられていても、常に問題をはらんでいるのが教会です。
そのところに、パウロの「キリストの苦しみの足らざるを補わん」という言葉が発せられるのでしょう。

 この手紙の主題は、人が救われるのは、律法の行ないによるのではなく、神の恵みに基づき、信仰によってである。この信仰義認の考えを開陳しており、ルターによって『戦闘の書』と呼ばれ、高く評価されました。この手紙を繰り返し読む時、福音信仰を喜び、感謝の思いに満ち溢れ、ローマ教会との戦いを進める力を新しくすることが出来ました。
信仰を深化することへと奮い立たせられ、力に溢れさせられたのです。

 キリストを信じ、律法の束縛から解放された人たちに、割礼を受け、律法を行ないなさい、と求め、教える人たちが接近してきます。パウロは警告を発します。
2節「もし割礼を受けるなら」、割礼を受けなければ、救われない、と語り、勧める者たちがいることを示しています。割礼は、男子の陽の皮を切り取ることです。この割礼と律法を遵守することにより、イスラエルの成人男子である、と認められました。

 当時の世界ではキリストの教えに耳を傾ける多くの人がいました。
 先ずユダヤ人たちです。故郷を離れ、離散の民となっていましたが、ユダヤ人としての誇りを高く保持していました。その基準になるのが律法と割礼でした。然し律法は厳しく、それを完全に守ることはたいへん困難でした。律法の学者たちが、その抜け道を作り、自分は守らなくても良いようにしていたほどです。目に見えない檻のようなものでした。その中から、自由になりたい、解放されたいと願い、キリストの教えにその力を見出した人たちがいました。律法主義のユダヤ人は、彼らに対しても律法遵守を勧めます。

 次は、ギリシャ・ローマ世界の豊かな人たちです。貴族、金持ち、教養ある人たち、実はたいへん快楽主義的な生活をしていました。とりわけ女性たちは、男性たちの生き方に付いて行けないものを感じていたようです。キリストの教え、従う者たちの清潔な生き方を好ましく感じ、仲間になろうとします。このような人たちに対し、律法主義のユダヤ人は、割礼を受けなければ救われない、と語ります。ユダヤ人になりなさい、ということです。

 この同じ世界には、大勢の奴隷がいました。貴重な労働力です。ある町では、その人口の三分の二が奴隷であった、と記されています。労働力としては大切にされたでしょう。然し人格として大切にされたわけではありません。ガラテヤの町々にも大勢の奴隷がいました。ガラテヤの教会にもいた、と考えます。彼らは、奴隷の自分を愛し、そのままで良いよ、と仰ってくださるキリスト・イエスに救いを見出しました。
 あるユダヤ人たちは、この人たちにも割礼と律法遵守を勧めました。要求しました。
それは、束縛から逃れる道を見出した人たちに、割礼を受け、律法の束縛の内にはいりなさい、と教えるようなものです。

 パウロは、これらの誘惑者を退けようとします。あくまでもキリストにのみ繋がれるように勧めます。律法を行なうのならば、全てを完璧に行なわなければなりません、とも語ります。
パウロ自身、律法学者ガマリエルの弟子となり、掟を完璧に守り、行なおうと考え、ファリサイ派のひとりであることを誇りました。
 然し律法の完全遵守は不可能でした。とりわけ、主イエスが行為の動機、心の中の動きを問題にされた時、パウロの自信は全く崩壊しました。
恐らくパウロは、新しい教えにも注意を払っていたのでしょう。イエスが現れ、多くの人に教えていることを知り、聞きに行ったことでしょう。主イエスが語りました。
マタイ5:28「淫らな思いで他人の妻を見るものは誰でも、すでに心の中でその女を犯したのである。」 たいへんな衝撃を受けたでしょう。
 ユダヤの人々の多くは、表面的、形式的に律法を守れば良いだろう、と考えていました。
ですから偽善もありました。パウロは、律法を一生懸命守りながら、悩む人でした。
このことはローマ7章に記されています。

 今やパウロは、「割礼の有無は問題ではありません。愛の実践を伴う信仰こそ大切です」と語りました。そのために律法と割礼を重んじるユダヤ人たちから攻撃されました。
何故これほど丁寧に割礼と律法を排除しようとするのでしょうか。

それは、これらのことが、パン種のように働き、キリストの教会全体を他のものに変えてしまうことになるからです。この喩えはよく知られています。小麦粉にパン種、イースト菌を入れて発酵させてパンを焼きます。麦の粉の塊が、菌を入れると違うものになる。
パウロはユダヤ教とキリスト教の違いを守らねばならない、と信じていました。そのためには、悪しきイースト菌を排除する、しなければならない、と考えました。

 パウロの信仰、あるいは考え方は、多くの場合、二者択一になっています。あれかこれか、という形です。中間がある、とは考えないようです。牧畜・狩猟生活の中で生み出されるもの、と言います。こうした考え方は、議会の二大政党制になるのでしょう。
それに対して農耕生活は、あれもこれも、というような形です。限りなく黒に近い灰色が認められる日本。曖昧さも当然とされます。さまざまな考え方、立場が許されます。そのおかげで存在が許されるようなところもあります。この国では、二大政党制は似つかわしくない、という意見が根強くあります。少数意見が消されてしまいます。沈黙する大衆の意見が許されないと、居心地が悪くなります。

 パウロは二者択一を語っているようですが、その内容は大きく、広がりあるものを選ぶように迫っています。大きな二択、と言えるでしょう。
 一つは、律法に縛られ、強いられて行動すること。これは、始めたら全てを一点一画に至るまで守り、行なわなければなりません。掟の奴隷になることです。
 他の一つは、神の愛を信じ、すっかり自分自身を委ねることです。自分が何かを行ない、行動する意識を捨てて、神の愛に感じるままに対応することです。一つを選んだ後は、大きな自由な空間が広がっています。 ここに福音があります。 感謝しましょう。